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| 西暦(年) | 主なできごと |
|---|---|
| 1959年 (昭和34年) |
資本金200万円にて神戸市生田区(現・中央区)にニット婦人セーターの卸売業、(株)ワールドを設立 代表取締役社長 木口 衞、専務取締役 畑崎 廣敏 |
| 1965年 (昭和40年) |
事業発展に伴い、東京都台東区に東京店を設置 |
| 1967年 (昭和42年) |
従来のニット単一商品からトータルコーディネートブランド「ワールドコーディネート」(現「コルディア」)を開発 |
| 1968年 (昭和43年) |
神戸市葺合区(現・中央区)に本社ビルを竣工し、本社を移転 |
| 1970年 (昭和45年) |
ワールド商品だけを取扱う専門店「オンリーショップ」制を導入 トータルコーディネートの特色を生かした販売戦略を展開 |
| 1972年 (昭和47年) |
代表取締役社長に畑崎 廣敏が就任 |
| 1974年 (昭和49年) |
この頃より子供服分野へ進出 |
| 1975年 (昭和50年) |
第二のトータルコーディネートブランド「ルイ シャンタン」開発 |
| 「ワールド・オブ・エレガンス」のFM放送開始(1992年終了) テーマソング「ラブ・ワールド」を発表 |
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| ワールド商品のアンテナショップ「リザ」を出店し、小売分野へ展開を広げる | |
| 1976年 (昭和51年) |
「ビルダジュール」ブランドで新たに布帛商品の展開を開始 |
| 1977年 (昭和52年) |
CI(企業イメージの統一)を導入し、現在のコーポレートマーク、コーポレートカラーの基礎を開発 |
| 1978年 (昭和53年) |
創立20年を記念し、神戸市に20億円を寄付 (この寄付金を基に神戸市が建設した多目的施設「ワールド記念ホール」が1984年に完成) |
| この頃よりメンズ分野へ進出 | |
| 1979年 (昭和54年) |
ファッションアドバイザーの育成を目指して子会社を設立し、教育分野へ展開を広げる |
| 1980年 (昭和55年) |
生地素材の生産管理、開発、及び貿易業務を行う子会社を設立し、繊維商社分野へ展開を広げる |
| 衣料品の製造及び製造企画を行う(株)ワールドインダストリーを設立し、縫製分野へ展開を広げる | |
| 1981年 (昭和56年) |
販売子会社を設立し、百貨店チャネルでの展開を広げる |
| 1982年 (昭和57年) |
売上高1,000億円を突破(1982年7月期) |
| 1983年 (昭和58年) |
東京・銀座にワールドグループイメージショップ「銀座リザ」をオープン |
| 1984年 (昭和59年) |
神戸市中央区港島中町(ポートアイランド)に新社屋を竣工し、本社を移転 |
| 「グループ社員が心を一つにして熱く燃えられるものを」との主旨からラグビー部(ワールドファイティングブル)を設立 | |
| 菊池武夫氏を迎え、「タケオキクチ」の展開にてメンズ事業に本格的に参入 | |
| レストラン、カフェなどを運営する(株)ルモンデグルメを設立し、飲食分野に展開を広げる | |
| 1987年 (昭和62年) |
決算期を7月から3月に変更 |
| 中国・上海に合弁会社を設立し、中国での生産、販売を開始 | |
| 1988年 (昭和63年) |
台湾和亜留土股份有限公司を設立し、台湾での販売を開始 |
| 1992年 (平成4年) |
中期経営ビジョン「SPARCS(スパークス)構想」発表 |
| 1993年 (平成5年) |
初のSPAブランド「オゾック」で百貨店SPA業態を開発し、本格的に小売事業の展開を開始 |
| 大阪証券取引所市場 第二部に上場 | |
| 1995年 (平成7年) |
第2のSPAブランド「アンタイトル」の展開開始 |
| 阪神・淡路大震災で被災。三宮(神戸)の社屋を取り壊すなどの影響を受ける | |
| セレクトショップ「アクアガール」を出店し、高感度型バイイングSPA業態の展開を開始 | |
| 1996年 (平成8年) |
バイイングコモディティ業態の主力ブランドである「インデックス」を出店 |
| 1997年 (平成9年) |
代表取締役社長に寺井 秀藏が就任 |
| 1998年 (平成10年) |
ファッションライフスタイルストア「オペーク」を出店し、ストア事業の展開を開始 |
| ファッション性と利便性を同時に追求するFCMS業態を開発し、アパレル、服飾雑貨、フード、CD、コスメ等、様々なカテゴリーの商材を扱う「イッツデモ」を出店。(2004年 (株)イッツデモを設立) | |
| 東京証券取引所市場 第二部に上場 | |
| 1999年 (平成11年) |
意思決定の迅速化と事業責任の明確化を目的として執行役員制度とWEL(WORLD ENTREPRENEUR LEADERの略)制度を導入 |
| 東京証券取引所及び大阪証券取引所の市場第一部銘柄に指定 | |
| 2000年 (平成12年) |
郊外・都市近郊のショッピングセンターチャネルにて、ニューファミリー向けブランド「ハッシュアッシュ」を出店し、ファッションコモディティ業態の展開を開始 |
| 生産系の改革として「WORLD PRODUCTION PARTNERS(WP²)構想」を発表。店頭と開発・生産業務、工場を同期化する体制を構築 | |
| 販売子会社を再編して(株)ワールドストアパートナーズを設立。販売分野の強化を図る | |
| 2001年 (平成13年) |
World Korea Co.,Ltd.を設立し、韓国での販売を開始 |
| 2002年 (平成14年) |
通販マガジン「ルナ」でダイレクトマーケティング事業に参入 |
| 売上高2,000億円を突破(2002年3月期) | |
| 中国・北京に世界時装(中国)有限公司を設立し、中国での販売事業を強化 | |
| 2003年 (平成15年) |
(株)ワールド・ビジネス・ブレインを設立し、教育・コンサルティング事業に本格的に参入 |
| ニット糸の染色加工を行う本多染色工業(株)をグループ会社に迎え、生産改革を推進 | |
| 2004年 (平成16年) |
郊外のショッピングセンターに向けたファッションライフスタイルストア「フラクサス」「スタイルジャム」を開発し、ストア事業を積極的に展開 |
| (株)ワールドビジネスサポートを設立し、各種事務処理業務の代行を開始 (2004年特例子会社に認可) |
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| 新しいショップスタイルのアイデアを募集するデザインコンペ 「WORLD SPACE CREATORS AWARDS」を設立 |
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| 2005年 (平成17年) |
長期的、持続的な企業価値の最大化を図るため、MBOによる株式の公開買付けを行い、上場を廃止 |
| 繊維専門商社(株)プライムキャスト、ニット製品の企画製造を行う(株)ワールドインダストリー福島をグループ会社に迎え、生産系改革を強化 | |
| インテリア事業及びホームファッション事業に参入 | |
| コンセプトストア「トーキョー ヒップスターズ クラブ」や Tシャツ、キャミソールなどのベースアイテムを提案する「ベース ステーション」を出店するなど、業態開発を強化 | |
| 2006年 (平成18年) |
ブランド編集型ストア「オルベネ」「シューラルー」を出店し、ストア事業を強化 |
| 販売子会社(株)ワールドストアパートナーズの人事制度の変更に伴い、パート・アルバイト約5,000人を正社員化 | |
| ジャージ素材メーカーの(株)ワールドジャージサプライをグループ会社に迎え、生産系改革を強化 | |
| 創業者 木口 衞 逝去 | |
| 2007年 (平成19年) |
売上高3,000億円を突破(2007年3月期) |
| WP²構想の中核を担う(株)プライムキャストをワールドプロダクションパートナーズ(略称/WP2社)に商号変更 また中国における生産機能会社として、世界時興(上海)貿易有限公司を設立 |
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| 東京都港区に青山ビルを8月末竣工 | |
| 2008年 (平成20年) |
繊維全般の染色及び加工を行う千本松染色工業(株)をグループ会社に迎え、生産系改革を強化 |
| 2009年 (平成21年) |
1月13日に創業50周年を迎える |
| (株)ホールファクトリーを設立し、ニット事業を強化 | |
| 2010年 (平成22年) |
生産系子会社として、衣料品の製造及び製造企画を担う、(株)ワールドインダストリー並びに(株)ワールドインダストリー福島を、(株)ワールドインダストリーファブリック、(株)ワールドインダストリーニット、(株)インダストリー松本に再編し、より有機的に連携できる生産体制を構築 |
| アパレル特化型の仕入れサイト「バイヤーズクラブ」を開設 | |
| お客様へのサービス向上を目指し、販売子会社(株)ワールドストアパートナーズにおいて「WSPロールプレイングコンテスト」を実施 |
